| 2005/6/25 (土) カッチェン | ||
|
今から10年ほど前は月に1度はCDショップへ行き、2万円分くらいのCDを買っていた時期もありました。CDは次から次へと増え続け、それはかなりの量になりました。そうなってくるとCDを置いておくスペースというものバカにならなくなってくるのですが、ハンガリーを行くのを機に、とても全部持っていけないので、それらのCDを選別して、必要ないと判断したものは、一気に売り払いました。自分で聴いて気に入ったものだけが残ったわけで、それはなかなか気持ちの良いものでした。 さて、時は過ぎ、今ではあまりCDを買うという機会も大分減りまして、FM放送を聴いたり、図書館で借りることが多いです。それは、一つには昔お金をCDにつぎ込んでいたのに、本当に気に入るCDはその何分の一かしかなかく、いきなりCDを買うのが馬鹿らしくなってきた、ということが理由の一つであり、また、上に書いたスペースの問題もあると思います。 しかし、昨日は久しぶりにCDを買いました。それも3つも。ディスク枚数にして8枚分!何を買ったかというと・・・ ■ジュリアス・カッチェン ブラームス、ピアノソロ全集 6枚組 ■ミシェル・ベロフ ドビュッシー ベルガマスク組曲、他 ■フィリップ・グラス 交響曲第2番 第3番 カッチェンはブラームスのヴァイオリンソナタのピアノパートの演奏で、かなり気に入って、このピアノソロ全集は前々から狙っていました。ベロフのピアノは聴いたことがなかったのですが、ドビュッシーに定評のある人ですし、いままでワイセンベルクのベルガマスクを聴いていてそれはかなり「ワイセンベルク流の弾き方」であると感じていましたので、オーソドックスな演奏を聴きなぁと思い購入。グラスの交響曲は、2000年か2001年か忘れましたが、その頃のザルツブルグ音楽祭で初演(だったかな!?)されまして、聴きに行きたかったのですが行けず、あとから「好評だった」という評判を耳にして口惜しい思いもしました。そもそも「ミニマル・ミュージックがどのように交響曲になるのか?」という興味もあり・・・。 ところで、今回の8枚分のCDですが、全部で8,397円でした。一枚1,000円強です。今回、CDを買うつもりもそれほどなくCDショップへ行った(実は自作の発売のお知らせに行きました)のですが、ほとんど衝動買いに近いように買ってしまったのは、一つはこの値段にありました。音を聴いていなかったにもかかわらず、上に書いたように「損はない」という確信があったのです。 CDの製造原価というのは、ダイソーが100円でCDを売っていることからも分かるように、かなり安いものなのです。もっとも、100円という小売価格は極端な例であり、あれはよほど大量生産して、コストを下げているから可能なのでしょうが、私のような1000枚とか少量プレスする場合でも、通常一枚あたり300円あればプレス可能です。むしろ音を作る方にお金がかかるのであり、邦楽のポップスなどは宣伝にとてもお金を使っています(・・・勿体ないなぁ)。 カッチェンの録音は1960年代にされていますので、これは既に音が出来上がっており、あとはジャケットを作ってプレスするだけですから、この値段も可能でしょうが、ベロフは90年代の録音で、グラスは2003年ですから、これはもう出血大サービスの価格です。こんなことで大丈夫なんでしょうか?このくらいの値段にしないと、CDを買ってもらえない、CDが売れなくなっているのでしょうか。 それにしても、現代のクラシックの演奏家というのは大変です。昔の名演奏家の安価なCDに対抗しなければいけないですから。今、聴ける状態の録音が残っている演奏家というと、ピアニストだとコルトーあたりからだと思いますが、その前というのは音楽というものは一度限り、その場限りのものでした(ピアノロールなる、今で言う「シーケンサー」もあったのですが)。録音機が出来てから、今までの間に録音がどんどんストックされてきて、クラシック演奏家の役割も変わってきたのかも知れません。CDというのは、どこでも手軽に音楽が楽しめて素晴らしいですが、コンサートは生の音を、演奏者がその場で発しているわけで、それはまた意味の違うものであり、現代のクラシック演奏家は録音よりもコンサートが重要になるかも知れませんね。 さて、今回買ったCDですが、まだ全て聴いてはいませんが、カッチェンは期待通りの素晴らしさ、ベロフはオーソドックス(いや、この場合あくまで、ワイセンベルクと比べての私の主観ですよ)かつ美しく、グラスはやはりミニマルが交響曲という体裁になる意味が良く分からない・・・といったところです。 | ||
| 2005/6/19 (日) サイレント | ||
|
世の中には「サイレントピアノ」なるものがありまして、これは、ピアノを弾いてもハンマーが弦を叩かずに、ヘッドフォンから音が聞こえて来るというものです。つまり、夜間でも近所に気兼ねせずに弾けるということ。昔、楽器店でサラッと弾いてみた感想は「こりゃダメだ」で、音がチープだし、弾いているという感じも違和感だらけでした。サイレントピアノは、通常の弦を叩くという発音方法ではなく、要は打鍵の強さ(つまり、スピード)をセンサーが感知して、シンセサイザーで音を出すので、つまりは、サイレントピアノ状態にすると、ピアノはアコースティックからシンセサイザーに早変わりするというわけです(シンセサイザーの定義というのは、電子的に音を合成する、つまり作り出すと、ということらしいので、本来の意味ではサイレントピアノはシンセサイザーではないのですが、電子回路が音をだしているということで、便宜上シンセサイザーといっておきます)。そもそもシンセサイザーという楽器(例えば、私が使っていたKORG 01/W)自体、「歌えない楽器」と私は思っており、ブライアン・イーノの言葉を借りるなら、「シンセサイザーはオプションを増やすことをやめて、弾き手との密着度を上げなくてはならない」楽器です。私のハンガリー時代の先生、ソコライ・バラージュは「ピアノは弾き手との距離が遠い」と、チェロやヴァイオリンといった弦楽器と比べてそのように仰っていました。ピアノでさえ距離が遠いのか・・・。シンセサイザーはきっとその10倍くらいは遠い・・・、と私は思いました。一応、シンセサイザーの名誉(!?)の為に書いておきますが、シンセサイザーはアコースティック楽器には出来ないことが出来るわけで、それは例えば、シーケンサーを使って自動演奏をするとか、二つの音(波形)を合成したり・・・と、それはそれでとても面白いものなのです・・・。 さてさて、今日のasahi.comに「サイレントピアノのひそかな進化:be「技あり」 」という記事が載っており、「最近のサイレントピアノは進化した」ということです。本当に進化したかどうかは、そのうち実際に弾いて確かめるとして、私が驚いたのは次の記事。 以前は真ん中をくりぬいた金属板に光を当てる方式で、力加減を4段階でしか検知できなかった。鍵盤の下にあるフェルトの硬さなど、わずかなピアノの「くせ」には対応できなかったという。 なんと昔のサイレントピアノはヴェロシティー(音の強弱)が4段階しかなかったのか!なにか適当な楽譜を見てみましょう。音の強弱にはたいていの場合「pp p mp mf f ff(右に行けば行くほど強い音)」と少なくともこのくらいの段階があり、更に「pppp ppp fff ffff」なんてことを書く作曲家も多数あり、しかも、演奏者というのはこれをそのまま弾くわけではなく、無限の音の強弱で、メロディーや和声感を表現します。MIDIというシンセサイザーの規格でさえも、「0〜127」という128段階の音の強弱があります。これでもまだ少ないでしょう。一体4段階の強弱でなにが出来るというのでしょう?4段階っていうのは誤植とか、なんかの間違いではないかとすら思ってしまいますが・・・。本当に4段階だったとして、そのようなものを「シンセサイザー」と新しい楽器として売りに出すならともかく、「これで夜間でもピアノが弾けます」と、既存のアコースティック楽器に付属して売りに出す根性は、ちょっとねぇ・・・。某、ピアニストが、サイレントピアノが売りに出された当時、某社のピアノのパンフレットに寄稿して「これを使えば練習時間が増えますから、ピアノの技量は抜群に上がりますよ」などと、音大を目指している人たちだったら、きっと買わずにはいられなくなってしまうことを書いていたのが忘れられない。ヴェロシティーが4段階じゃあんまり練習にならないよ・・・。このピアニストは、本当にサイレントピアノを弾いて書いたのかなぁ? 進化したサイレントピアノというものを弾いてみたいと思いつつも、やっぱりアコースティックとシンセサイザーの違いなわけで、生身の人間と面と向かって話をしているのと、コンピュータのディスプレイに映ったアニメーションのキャラクターに話しかけるくらいの違いがあるんじゃないかと思うのですが、どうなのでしょう。ちなみに、この例えだったら、私は生身の人間の方が断然好きです・・・。 | ||
| 2005/6/4 (土) ありがとうございました! | ||
|
昨日のコンサートでは、沢山の皆様にお集まりいただき、無事に終えることが出来ました。本当に有り難うございます。 アンケートに「当コンサートのご感想を文章、絵、俳句等で表現してください」と書きました。ちょっとふざけているかな?と思いましたが、絵や俳句を書いてくださった方もたくさんいらっしゃいました。コンサートというと、演奏する側と聴く側と二つに分かれてしまって、一方通行になってしまうので、双方向になって欲しいなと思い、「表現してください」としました。 CDも思ったよりも沢山の方にお買いあげいただきまして、本当にありがとうございました。コンサートで聴くのと、CDを聴くのでは随分印象も違ってくると思うので、皆様がどのような感想を持たれているのか、興味があります・・・。 自分で染めたシャツも、「これは、不評だろう!」と自信を持って(!?)着たのですが、なぜか気に入ってくれた人も多かったようで、少なくとも興味を引けたようなので、それは良かったです。 それにしても、昨日色々お手伝いしていただいた皆様ありがとうございます。また、ホールの皆様に感謝しなければなりません。すみだトリフォニーホールのスタッフの皆様は、皆さん親身で、こちらの細かいお願いにも一つ一つ笑顔で答えてくださって、コンサートが始まれば、決して仕事としてではなく「音楽」として接してくださいます。 毎回コンサートを行うたびに、「色々な人に支えられてコンサートが出来たのだなぁ」と思います。 | ||