2004/9/27 (月)
野田さん
 
   こういうのを癒されるとでも言うのかも知れませんが、野田知佑さんの文章を読むと「視線がグッと上に上がる(野田さんの著書の中の言葉より)」気持ちになります。

 野田さんはカヌーイストとしてガクという犬を連れてカヌーの旅をしていたことで良く知られています。旅の出来事を文章にしているアウトドアライターです。また、日本の川がいかに護岸工事で壊されてきたかを訴えてきた人でもあります。

 大自然の中の旅や、人とのふれあいを読むとトゲトゲしい気持ちも和むものです。




2004/9/24 (金)
録音機材に関する謎
 
  以前ヤフーのオークションで録音も出来るMDウォークマンを買ったことがあります。音楽をやっているとなにかと自分の音を録音できる機材は重宝するもので、実際に弾いているときと、録音したものを聴いているときでは、音楽の聞こえ方も随分と違ってきますので、客観的に自分の音楽を聴くためには録音機材というのはとても有り難い存在です。

そのMDウォークマンですが、あっけなく壊れました。今ではディスクを入れても全く認識してくれません。さて困りまして、どうしたものか思案のしどころなのです。MDウォークマンはもう買いたくありません。やはりディスクを回して、それにレーザ光線をあててピックアップが読みとるという機構はどうしたって壊れやすいのでしょう。

最近ではICを使ったボイスレコーダーというものもありますし、iPodのようなハードディスクを使って音楽を聴ける装置もあります。しかし、なぜか音楽録音を意識したものがとても少ないのです。理由はほとんど謎です。iPodには録音機能もありますが、なぜかモノラルで、他のメーカーのものもほとんど全てモノラルです。技術的にはステレオでもモノラルでも大差ないはずですが、これはなぜなのでしょうか?

そもそも携帯電話で録音できたら一番有り難いです。携帯電話にはメモリーも載っていますし、マイクも付いています。メモリを大きくして、外部のステレオマイクに繋がるミニジャックを付けてくれれば、それだけでもうICレコーダーになります。mp3フォーマットにエンコードしてくれるチップなどを載せてくれたらなにも言うことありません。なぜ無いのでしょうか?謎です。


2004/9/23 (木)
ご機嫌
 
   コンサートに来て下さった皆様、どうも有り難うございました。ピアソラの「アディオスノニーノ」で「この曲はピアソラがお父さんを亡くした時に作曲した曲です」とサックスの本田さんよりMCがあったのですが、私は「知らなかった。そういう曲だったのか!」と舞台の上で一人納得しておりました。

 今までアドリブがある曲は、大抵は譜面に書いた上で練習してから望んでいたのですが、今日は全てその場でのインプロビゼーションで乗り切ったのが収穫でした。変なコードに行ってしまったことも多々ありましたが、「イパネマの娘」の前半のアドリブは、現時点で弾けるアドリブでは最良のものでした。「ご機嫌だね」というのはこういう状態なんでしょうか?

 アドリブをもっと頭で噛み砕いて勉強したいと思います。


2004/9/22 (水)
ブラームス
 
  ブラームスのヴァイオリンソナタを合わせましたが、とても難しかったです。でもとってもよい曲・・・。いつまでも弾いていたいような気持ちになります。演奏する人にそう思わせる曲って凄いですね。


2004/9/21 (火)
メロディーとサウンド
 
  ベートーヴェンの曲を聴けば、大抵のものは口ずさむことができます。しかし、現代音楽というのは大抵のものはメロディーというものがなかったり、いや、無いわけではなくあることはあるのですが、それは口ずさむのが難しいものが多いです。

民族音楽には世界各国で色々なものがありますが、民族音楽を研究した音楽学者の小泉文夫氏によると、全ての民族音楽の根っこは同じであるようです。例えば5音音階は大抵の民族音楽に見られるものです。バルトークはハンガリーの民族音楽を研究しその後東欧全体、中東の音楽も研究したのですが、「結局同じ」という趣旨の結論に達しています。

音楽も他の文化と同じように伝播しますから、鉄器が伝わったのと同じように五音音階も伝わったと見なすことも出来ます。また、自然発生的に生まれる音楽というのは国を問わないということも出来ると思います。

まぁ、どちらにしても、メロディーというのは人間が使っている言葉に近いと言えると思います。その国々の言葉によって、アクセントの付き方というのは違うものです。例えば日本語は抑揚が少ないので、日本で生まれたメロディーも抑揚のない平坦なものになりがちです。これは日本人が西洋の音楽であるクラシック音楽を演奏した場合も同じで、しばしば「のっぺらした」演奏に出会います。

話がそれましたが、メロディーというのが人間が発する言葉に近いとするなら、現代音楽の認識できないようなメロディーというのは、人間のものというよりもむしろ、自然の音に近いように思います。最近の現代音楽では、非常に「音響的」なものもあります。つまり、もう一つの効果音であるかと思えるほど(誤解無きよう!もちろん一聴して効果音に聞こえるものの中に色々なものがあるわけです!)、サウンドが混沌としているものがあります。

それは人間からは確かに遠いものかも知れませんが、日本人が自然の音に耳を澄ましていたのと同じように、サウンドの中に自分が浸るという、いままでの音楽とは別の聴き方を要求しているものだとも言えます。


2004/9/20 (月)
スト
 
   プロ野球のストライキが問題になっています。合併に反対するデモも行われたそうです。ストをやるなら他に人間の生き死に関わる重要な問題があるだろうと思いもしますが、街頭に出て意思表示をするという習慣は今まであまりなかったので、自己主張をするという点においてはとても良いと思いました。

 1リーグ制と2リーグ制が問題になっていますが、はっきり言ってどっちでも良いと思います。1リーグになったらなったで、別の面白さがありそうです。

 そもそもことの始まりは某球団の財政が危機であり、買い手が全くなく、その為に合併があって、合併するなら2リーグ制は無理だから1リーグ制でという話の流れだったと思います。しかし、その某球団を買いたいという企業が現れたのに、そこには売れないというのは変な話です。そもそも2リーグを1リーグに変えるなんていう荒治療よりも現状が維持できるように、買い手が現れて経営を引き継いでくれる方が、遙かに楽です。しかし、ライブドアには売れない。なぜダメなのか良く分からないです。

 というわけで、無理な論理を押し通そうとするオーナーに反発する選手会がストライキに向かうのは自然だと思います。「たかが選手で」などと言われていて、そのまま泣き寝入りしては、それこそプロ野球の危機でしょう。観客は球場に何を見に来ているのか?それはもちろん選手を見に来ているわけです。決してオーナー達を見に来ているわけではない。ライブドアや楽天が手を挙げたように、現状のオーナー企業が無くてもやっていくことは無理ではないでしょう。年俸は下がってしまうかも知れませんが、重要なのは、プロ野球を握っているのはオーナ達ではなく、選手だと言うことだと思います。なんなら、新しいことをやってくれそうな新しいオーナーの元で、今の選手が全員移籍して新しいリーグを作っても良いのではないでしょうか?契約関連の法的な問題は分かりませんが、基本的にファンはその新しいリーグを見に行くはずです。

 そのあたりの力関係をオーナー達にはっきり示すためにもこのストライキは良いことだと思います。


2004/9/19 (日)
五輪
 
   少し古い話題になってしまうかも知れませんが、そんな新しい話題ばかり追い求めて欲しくないです。アテネ五輪についてです。

 この開会式をテレビで見たのですが、私が今まで見た「開会式」のなかでは最も素敵なものでした。色々と演出を凝らしたものも今まで沢山ありましたが、今回のオリンピックはその演出もバッチリ決まって、美しいの一言でした。注目を集める開会式とはいえ、メインはもちろんスポーツであり、その開会式を彩るものですから、ある意味難しいと言えるでしょう。演出が過多になってしまっては鼻につきます。実際過去に見た開会式はそんなものもありました。でもアテネはそんなことはなかった。

 ギリシャの歴史を振り返る不思議な出し物(良い言葉が思い浮かびません。行進ではなかったし、演劇でもなかった。)はファンタスティックの一言ですし、他のものでも全般的にライティングが素晴らしかったです。照明でこんなに世界が作り出せるのかと驚きました。聖火の仕掛けも意表をついていて、スケールが大きく、しかし決して大袈裟ではない。開会式全てがなにか丁度良いサイズに収まっていた気がします。ハリウッド映画じゃないですが、やたらと大きく見せようとか、過激に見せようとかそういう意図が全く感じられませんでした。ミュージシャン「ビョーク」に新曲を唄わせたのも、私にとっては嬉しいことでした。ギリシャのオリンピックでアイスランドのビョークが歌を唄うというのは、一見無関係のことのように感じますが、彼女のミステリアスな雰囲気はあの開会式にマッチしていたと思います。ただ、彼女自身の「カメラ写り」があの時はあまり良くなかったように思います。ちょっと可哀想でした。むしろ、ドレスの裾が伸びていくという仕掛けの方に目がいってしまいました。あと、曲も正直あまり印象には残りませんでした。

 ところで、各国の選手が入場する時にBGMをギリシャのDJが流していました。アメリカが入場するときにアルビノーニのアダージョが流れたという話を先日聴いたのですが、本当でしょうか?私は全く気が付きませんでした。重苦しく全く行進には向かないこの曲をアメリカの入場時に敢えて流したこのDJには確かに「意図」があったのでしょう。なかなか小気味よい話だと思いました。

 閉会式も見たかったのですが、残念ながらテレビでは見ていませんで、写真で見ただけです。写真で見る限りこちらもファンタスティックなのですが、どなたかご覧になっていませんか?




2004/9/2 (木)
引っ越し
 
  これは昔あったことです。引っ越しの最中はとても忙しいので、新居に荷物を運び込む際「これはどこに置いたものだろうか?うーむ。取り敢えずココにしておこう!」と何気なく荷物を置き、そのうち結局は次の引っ越しの時までその場所にその荷物は鎮座しているということがありました。

つまり引っ越しの最中の一瞬の判断(とにかく今は荷物を床の上に置かなければならないという切羽詰まった状況)で、その後の部屋のレイアウトが決定されてしまうという、恐ろしくいい加減な事態です。

最近引っ越しをしたのですが、「これではいけない」とやっと少しは学習しまして、出来る限りレイアウトには注意しようと思っている次第であります。まぁ、これは前回の家が誰か下宿させられるほどの広さだったのに、今回は圧倒的に狭くなってしまったさけで、レイアウトに注意しないと物に挟まれて毎日が不快な生活になってしまうということもあります。

どなたかが、「部屋というのは長い時間過ごす場所なので、インテリア等に凝るのは良いことだ」ということを言っていました。確かにそうなのでしょう。風水・・・なんてものがあります。私はロクに知りませんが、例えば窓から外に向けて、「蛙のオブジェクト」を置いておくと良いそうです。別に蛙じゃなくてもよさそうなものですが、窓から外向きになにかを置いておくのはなんか心理的に良い・・・というのは分かる気がします。

テレビで風水関連の人が「黄色と黒の色の組み合わせは商売では絶対に良くない」という趣旨のことを言っていましたが、この新居の近くには黄色と黒の縞模様のようなラーメン屋があります。一度行ってみたところ味もなかなかなだったのですが、どうももう行く気がしません。なんとなくですが、落ち着かない気がしました。赤色が心理的に高揚させる色であるというのは周知の事実ですが、黄色と黒もなにか別の意味で良くないのかも知れません。もっとも阪神タイガースは商売上かなり成功しているようにも見えますが・・・。

血液型占いを私はほとんど信じませんが(なぜって、几帳面なA型のこの私は時間に遅れることが多々ある。どうだ参ったか!)、風水はそれなりに根拠がありそうです。というか根拠があって然るべきだと思います。といってもその筋の本も持っていないし、凝ろうという気も全然ないのですが・・・。自分なりに「これはなんか嫌な感じだなぁ・・・」「コレ、気持ちいいね!」と感じられればいいのでしょう。


 
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