2004/5/29 (土)
人質2
 
  小泉首相は3人がイラクで人質になった時「13回も退避勧告を出したのですが・・・。」と言っていました。「行くなと言ったのに、彼らは行ってしまった。」と言いたいわけです。ところでそもそも退避勧告とは一体どういうものなのでしょうか。

外務省のこちらのホームページホームページをご覧になっていただきたいのですが、イラク以外に関しても沢山の国に対してなんらかの情報が掲載されています。また、ここを見ても退避勧告は、「あくまでも勧告に過ぎない」ということが分かります。

※ 本情報は、海外に渡航・滞在される方が自分自身で安全を確保するための参考情報です。本情報が発出されていないからといって、安全が保証されるというものではありません。
※ また、法令上の強制力をもって、個人の渡航や旅行会社による主催旅行を禁止したり、退避を命令するものでもありません。
※ 海外では「自分の身は自分で守る」との心構えをもって、渡航・滞在の目的に合わせた情報収集や安全対策に努めて下さい。
ここで退避勧告や渡航延期勧告の位置づけというか、強制力のない「参考情報」だということの是非についてあれこれ言いたいわけではありません。外務省の仕事というのは、この場合あくまで「情報提供」であるわけで、それはそれで良いと思います。最終的に退避や渡航の是非を判断するのはその国なり地域に行く人本人であり、危険を冒すことのリスクを取らなければならないと思います。

問題は、「退避勧告を出しているのに行ってしまった、ルールを守らない人達」と言外に人質3人を定義している小泉首相です。そもそも「13回」という数字ですが、渡航情報(退避勧告とか渡航延期勧告のことです)というのは常に更新されるわけで、この数字にそれほど深い意味があるとは思えません。しかも、「13」という数字もどこからきたのか良く分からないのです。外務省のホームページでは過去の渡航情報が閲覧できるのですが、イラク戦争の開戦以後、渡航情報は3回しか出ていません(内訳は全てイラク全土に対する退避勧告)。それ以前の情報も含めて13回と言っているのかも知れませんが、2002年7月以後の渡航情報を全て合わせても7件しかありません。「13回」とは湾岸戦争以来の数字なのでしょうか?

海外に住んでいると渡航情報というのはなにかと耳に入ってくるものなのですが、ハンガリーに住んでいた時も在ハンガリー日本大使館などを通じて情報が入ってきました。私がボスニアに行ったときも「観光旅行延期勧告(当時)」という5つの段階があった勧告のなかで下から2番目の勧告が出ていましたが、首都サラエボは見回りのためかNATOの軍隊が頻繁に行き来していて特に危険もなく、旅慣れた友人は「今、ヨーロッパで一番安全な街ではないか?」と行っていました。

もちろん私は単に観光目的で行っただけであり、「観光旅行延期勧告」というのはそれほどのものではありません。退避勧告はそれよりずっと重要なもので、私だったらそのような国には足を踏み入れませんが、だからといって退避勧告が出ているから絶対に入国しないという類のものではないことも確かです。危険があってもその場所にいなければならない人は確かにいるのです。

そう考えていくと「13回も退避勧告を出したのですが・・・」という台詞をそのまま受け入れられません。その背景を良く分かっていないで「国は行くなと言ったのに、行ってしまったきまりを守らない人達」と考えてしまうのは、ある意味ナイーブな考え方です。




 
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