| 2004/4/12 (月) 人質 | |
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「退避勧告が出ているのに危険な場所にわざわざ出かけていって捕まってしまうとは、子供のようなバカなことをやる3人だ」イラクで人質になってしまった3人に対する言説を良く目にします。 はたしてそうなのでしょうか? イラクが危険であることは言うまでもないことですが、危険を承知で足を運ぶ人はそれなりに沢山います。例えば、フセイン政権が崩壊する前にバグダットに行って取材をしていたジャーナリストがいました。彼は小さなビデオカメラ一つで戦場の取材をする独立したジャーナリストです。そのインタービューを週刊アエラで読みました。彼の滞在するホテルの近くでアメリカ軍による爆撃があったので取材をしたのだが、取材をするときは旧イラク政府の監視の元に行わなければいけなかったところ、許可を得ずに取材をしてしまったために警察に捕まってしまいました。つまりスパイと見なされたわけです。刑務所に入れられ、いつ死刑になってもおかしくない程の状況だったらしいのですが、幸運なことにそうなる前にフセイン政権が崩壊して、無事に日本に帰ってくることが出来ました。そして、安全な日本にいる我々は、現地の生の情報、つまりアメリカが発表する以外の情報を得ることが出来たわけです。 先日、銃撃を受け殺されてしまった奥大使ら外務省の2人もイラクの復興のために、危険なイラクでの外交活動を繰り広げていました。彼らが望んでイラクに行ったのかどうかは分かりませんが、とにかくイラクに於ける日本の外交を背負って、危険があるにもかかわらず現地で活動しました。そして、安全な日本にいる我々の分も、一応イラクのために働きつつ、日本の存在を知らしめたわけです。 こう考えると、危険がかなり大きいこととはいえ、イラクに行くと言うことは無意味であるどころか、必要なことであり、「誰かが行かねばならない」とも言えます。 3人はジャーナリストでもあり、孤児をいたわるボランティアでもあり、劣化ウラン弾を研究するライターでもあります。皆、イラクのために何が出来るかということを考えて、危険を顧みず敢えてイラクへ向かったのでしょう。私はその心意気に拍手を送りたい。間違っても彼らは遊びで観光に出かけたわけではないです。そういう意味で彼らは上に書いた、ジャーナリストや外交官と同じ立場です。 現地の車をチャーターして夜間に移動した事に対して「無謀だ」という意見もあります。私には現場の状況が分かっていないので、何とも言いかねます。ただ、銃撃され殺されてしまった外交官も、一番危険なスンニ派三角地帯を日本製の乗用車で幹線道路を猛スピードで走り抜け、明らかに現地の人間ではないと一目でわかった、と聞きます。それでは護衛がいたのかというと、そうでもなかったらしいので、案外大差ない状況だったのではないでしょうか? 首相の小泉は記者会見で問題について答えるとき、「3人が捕まって、こっちはいい迷惑だよ!」と顔に描いてあります。しかし、彼が派遣したサマワにいる自衛隊は、日本人の中で一番狙われる立場でしょう。もちろん厳重に警戒しているのは間違いないでしょうが、そうはいってもどこでなにが起こるか分からない状況です。自衛隊の派遣は「イラクの市民のための復興支援」という表向きの理由と、「アメリカへの支持表明」という本当の理由があります。だからこそイラクの武装勢力も撤退を求めているわけです。イラクの民衆も支援に対しては期待しつつも、アメリカを支持する日本に対する不信感を持っているわけです。その点3人の人質がイラクへ行った理由のほうが断然ピュアです。個人で出来ることは限られているでしょうが、草の根の活動というのは、無視できません。国に対する世界の評価という視点から考えてみても、それは一つ一つの積み重ねであるわけで、このようなイラクへ出かけていって人のためになろうとする行為こそ、中東が日本に対して一種の尊敬や期待を持っていることの理由なのではないかと、そんなことも考えてしまいます。 |
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