| 2004/2/25 (水) 一応快復 | |
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病院に行ってみましたが、「単なる風邪でしょう」ということなので、単なる風邪なのでしょう。もう熱は出ていないのですが、怠さが残っているので、まだ普通の生活とは言えないです。早く治って欲しいです。なんとか治します。
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| 2004/2/22 (日) またダウン | |
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また、風邪をひいたのか、微熱が出て寝込みました。どうも今年に入ってから、調子がいまいちです。今は熱は下がったのですが、前回の時は下がったと思ってからまた上がり、その後が長かったので、こわごわ生活しています。
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| 2004/2/17 (火) 超資本主義 | |
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一昨日の日曜日、久しぶりに日本経済新聞を買いました。久しぶりに読む日経はなかなか読み応えがあり、ほとんどの記事を読んでしまったほどです。特に、編集委員の松本克夫氏が書く、「今を読み解く 都市再生に反省を迫る」を興味深く読みました。 筆者は「都市再生ほど曖昧な言葉はない」として 都市再生というからには、都市は病んでいるという認識があるはずだ。地価が下落し、企業の不良債権が膨らんでいることをもって病とするなら、再開発により土地の利用度を高め、景気浮揚につなげれば都市再生になる。として、さらにそれに対する 景観の破壊や大気の汚染、地上げによるコミュニティーの崩壊などを病と見るなら、人々が共に暮らしやすい環境を整えることが都市再生になる。とする二つの「都市再生」を提示しています。 前者は日経的なものの見方と言えるでしょう。大学の授業で教授は「君たち学生が日経新聞を購読しているというのは変な話だ。あの新聞はもともと会社の経営者達が読むものだ」と日経を定義していました。つまり会社やお金を動かす人々の立場に立った新聞と言うことです。確かにそうでしょう。ですから、土地の利用度を高め景気浮揚を云々という考え方は日経的だと思ったのです。 では筆者は前者の立場に立って論を展開するのかと思いきや、そうではなく、後者の立場に立っています。 例えば、イタリア生まれの建築家、リチャード・ロジャースの「都市 この小さな惑星の」(鹿島出版会、2002年)を引き合いに出しています。 市場主導型で作られた都市はエネルギーを浪費する地球の寄生虫になっているうえ、住宅地や商業地など機能ごとに分断された住みにくい場所になっていると診断する。「巨大都市東京」はいい例で、「ゾーニングと途方もない土地の価格が家庭での団欒(だんらん)をダウンタウンから追放した場所」だという。また、松原隆一郎氏の「失われた景観」(PHP新書、2002年)から 幹線道路沿いを規格化された外見を持つ「ロードサイドビジネス」の店舗が埋め尽くし、全国同じ風景が広がった。商業者同士の利害調整をする大店法はあったものの、ドイツやフランスのような都市計画の面からの規制を怠った結果という言葉を読みとっています。 ここでは「市場主導型」「ロードサイドビジネス」という言葉が使われています。千葉から東京までの総武線から見る車窓は私にとって見慣れたものですが、美しいと思うもの、興味を引くものは、稲毛−津田沼間の線路沿いに建っているログハウスを除いては一つもありません。車窓を見ていつも思うことは「この町並みは経済効率、それただ一つだけを考えて出来あがってしまったもの」ということです。 今日は、江戸川ジャンクション近くの鎧橋という橋を歩いたのですが、淀んだ川の上には幅広い高速道路が川の横幅いっぱいに通っていて、それは美しい美しくないを通り越した、哀れな風景でした。 千葉駅では中村敦夫氏がみどりの会議(という政党があるのですね)として、演説をしていました。私が気に入った部分を要約すると「日本は経済成長という概念に取り憑かれている。経済成長が出来なくなったのは欲しいものがなくなったから。それを無理矢理成長させようとして、無用な公共事業やいらなくなったモノがゴミになったりしている。もはや成長などしなくてもよい。」ということでした。彼の「スローライフ」な考え方には共感できる部分が多かったです。 競争を原動力とした資本主義は、フロンティアがある状態、つまり日本だったら過去の「外国に追いつかなければならない」「餓えないように食料を増産しなければならない」という状態では機能していました。しかし、現在のように「人は疲れ」「街は肥大化し」「地球温暖化をはじめとして環境に負荷をかけている」状態で、一つの限界が見えてきたといえると思います。超資本主義と言ったらよいのか、発展資本主義とでも言ったらよいのか分かりませんが、今そのようなものが確かに必要で、共産主義が歴史になったように、現在の資本主義も歴史になっていくのか、そんなことを考えさせられた1日でした。 | |
| 2004/2/6 (金) イラクの大問題3 | |
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戦争というのは恐ろしくお金がかかるものです。トマホークミサイルは一発1億円〜1億2千万円します。被爆の危険がある劣化ウランで装甲されているM1エイブラムズ戦車はジェットエンジン用にも使われる最上質の軽油(一般的な航空機で使われているものと同じものです)1リッターでたったの300メートルしか走行できません。B2ステルス爆撃機に至っては一機20億$(!!)で1時間飛ばすのに170万円かかるそうです。 日本は戦後軍事にお金をあまりかけなかったから、経済成長を成し遂げられたとよくいわれます。非軍事への投資、例えば道路を造ると、車が通れて物流が活発になり自動車が売れて・・・と次の利益を生みますが、軍事費への投資は(技術を民生用の転用できる可能性があるとはいえ)基本的に何も生み出しません。米エール大学のノルトハウス教授らによる試算ですと、イラク戦争の戦費は最低でも990億$(現在すでにこの額を超えていると言われています)で、最高だと1兆9240億$になるということです。この金額だと日本の国家予算の約3倍です。この金額は開戦前における試算なので、もはやこの1兆9240億$という数字にはならないでしょうが、それにしても凄まじい金額です。 昔アフガン戦争の時、確か「戦費を使って何が出来るか?」という本が出ていたのですが、これを読むと、戦費の一部を使っただけで途上国の全ての子供のワクチンが購入できたりと、戦争に使うお金を有意義に使える方法が分かります。 とにかく戦争は「無駄」の固まりです。 | |
| 2004/2/4 (水) 料理 | |
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小林カツ代さんサイコー!ブラボー。 | |
| 2004/2/1 (日) イラクの大問題2 | |
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一つ一つ考えてみたいと思います。 イラク戦争には大義がない、といわれています。そういわれる理由をあげてみたいと思います。どこでも言われていることで、とくに目新しいことはありません。 イラク戦争は国連の決議を得ずにアメリカを中心とした数カ国の合意の元戦争を始めてしまい、問題となっていたはずの大量破壊兵器は全く出ないどころか、その脅威を誇張して何年も前の大学生の論文を引用するような粗雑なレポートで大量破壊兵器の存在を主張していたことが明らかになっています。イラクに対してはならずもの国家の烙印を押し、政権転覆を謀り侵攻するのに、国連決議242号で占領地の返還を求められいて未だに占領を続けるイスラエルに対しては非難すらしないどころか、毎年30億ドルの経済援助を行っています。戦争によるイラクの民間人の犠牲は多数で、戦後の具体的な復興もままならず、生活にとって必要なインフラさえ復興できません。ブッシュ、ラムズフェルドやウォルフォウィッツは軍需産業や石油業界と明らかに利害を一にしています。政権に入る前にそういった会社の役員をやっていたり、現在でも金銭的な利害を持っています。アメリカの軍隊からの視点で考えた場合、数年毎の戦争は軍隊の維持にとっては必要なことです。新しい兵器、戦略の実験にもなっています。アメリカが最強であるためにも戦争が必要です。 | |